上野 保渡田城


お城のデータ
所在地 群馬県高崎市保度田
遺 構 曲輪
形 式 平城 築城者: 内藤昌豊 築城年代: 永禄9年


見 ど こ ろ
 保渡田城は、大清水川と井野川の支流に挟まれた河岸段丘上に築かれている。現在は宅地化によって城の遺構は殆ど消滅して、縄張りを知る手掛かりすらない。資料に拠れば、約80m四方の主郭を中心に渦巻式に曲輪が配されたいたとか。

 保渡田北部公会堂の敷地となっている一帯が主郭で、南端には天子塚古墳を物見台としていた。また、公会堂北側の道沿いに案内板が立てられていた。


歴     史
 保渡田城は、永禄9年に内藤昌豊によって築かれた。永禄9年に西上野への侵攻した武田信玄は、長野業盛を滅ぼし箕輪城を武田氏の上野支配の拠点とし、内藤昌豊を城代とした。天正3年に長篠の合戦で討死するまで昌豊は保渡田城を居城としていた。昌豊の死後、養子昌月(保科正俊三男)が継いだ。天正10年に武田氏滅亡後は、滝川一益・北条氏直に従っている。


お城へのアクセス
鉄 道: JR高崎線高崎駅〜バス/保渡田
 車 : 関越道前橋IC〜県道10号線〜県道123号線
駐車場: 保渡田北部公会堂の無料駐車場を利用


ひとくち MEMO
武田氏の西上野支配を任された内藤昌豊が築いたお城。

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