信濃 岩崎城


お城のデータ
所在地 長野県埴科郡坂城町坂城
遺 構 曲輪、土塁、堀切、竪堀
形 式 山城 築城者: 村上氏 築城年代: 不明


見 ど こ ろ
 岩崎城は、葛尾城から西に伸びる支尾根の先端部を利用して築かれている。尾根北側の沢筋には葛尾城搦手へと兵糧を運んだ米入口ルートの登城道があり、この登城道を防衛する役割を担っていた。

 城の縄張りは、葛尾城二の曲輪から降る尾根筋と根小屋との分岐点から少し西に尾根を降りると堀切(浅くなっている)によって区切られ、ここから岩崎城の曲輪が始まる。主郭が一番上段にあり、土塁の遺構が残る馬出虎口を経て十段ほどの小さな曲輪が連郭式に並んでいる。先端部には、土塁と土橋を伴う大堀切があり、ここがこの城一番の見どころだ。


歴     史
 岩崎城は、築城年代は定かではないが村上氏によって葛尾城の出城として築かれた。応仁2年頃に村上政清が村上郷から坂城郷へと本拠を移し居館(村上氏館)を設け、ここを根拠に小県郡へと勢力拡大を図っている。村上氏は、政清−政国−顕国−義清と続き、義清の代に絶頂期を迎え、葛尾城を居城として北信で最大勢力となった。

 天文20年に武田方の真田幸隆によって戸石城が落城すると村上方の諸将に動揺が広がり、天文22年、安曇・筑摩方面から迫る武田勢を防げず、村上義清は葛尾城を捨て高井郡の高梨政頼を頼った。


お城へのアクセス
鉄 道: しなの鉄道坂城駅〜バス/大宮公民館前
 車 : 上信越道坂城IC〜国道18号線
駐車場: 葛尾城の無料駐車場を利用


ひとくち MEMO
葛尾城搦手へと兵糧を運んだ米入口を守った出城。

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