下総 城の内館


お城のデータ
所在地 茨城県結城市結城字城ノ内
遺 構 曲輪、土塁、堀
形 式 居館 築城者: 結城朝光 築城年代: 鎌倉時代


見 ど こ ろ
( 館西側の虎口と土塁 )
 城の内館は、結城市の市街地南側に位置し、現在は史跡公園と立木之地蔵尊の境内となっていて、周囲には土塁と堀の遺構がある。

 城の内館は、東西約178m×南北約128mの長方形で、発掘調査で堀幅約5m×深さ1.8mの薬研堀も出土している。土塁と堀が囲繞した方形居館は、鎌倉時代から室町時代に結城城を築くまで、関東の名族結城氏の居館に相応しい規模の居館であった。


歴     史
( 館東側の土塁 )
 城の内館は、鎌倉時代に結城朝光によって築かれた。朝光は下野小山の豪族小山政光の四男で、母が源頼朝の乳母であったことから治承4年の源頼朝の挙兵に加わって以来、頼朝の信頼厚く下総結城郡の地頭職を得た。文治5年の奥州合戦の戦功で奥州白河三郡を与えられた。

 室町時代、永享の乱で鎌倉公方足利持氏が将軍足利義教によって自刃させられたが、結城氏朝は持氏の遺児を盟主として幕府と関東管領上杉氏に反抗し、永享12年に結城合戦を起こす。この合戦までには城の内館から結城城へと居城を移していると考えられる。


お城へのアクセス
鉄 道: JR水戸線結城駅〜バス/丸の内館跡
 車 : 圏央道五霞IC〜国道4号線〜国道50号線
駐車場: なし(城の内館内に駐車可能)


ひとくち MEMO
関東の名族結城氏の居館に相応しい規模の館。

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