常陸 船子城


お城のデータ
所在地 茨城県行方市船子字居屋敷
遺 構 曲輪、土塁、堀切
形 式 丘城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ
( 三の曲輪北東部の切岸 )
 船子城は、霞ヶ浦に面した半島状の台地先端部を利用して築かれている。船子地区にある浅間神社背後の台地が城跡で、浅間神社本殿裏から一の曲輪へと登ることができる。一の曲輪は小規模であるが眺望が利き物見曲輪と考えられている。

 この一の曲輪から二の曲輪・三の曲輪・四の曲輪と台地の付根に向けて直線的曲輪が配置され、二の曲輪が主郭と考えられている。主郭・三の曲輪は藪化がひどくて遺構確認はできなかったが、三の曲輪と四の曲輪との間にある堀切は見応えがある遺構だった。 


歴     史
( 三の曲輪東下の帯曲輪と土塁 )
 船子城は、築城年代や築城者については定かではない。ただ、永享10年に永享の乱で敗れた関宿城主下河辺義親が小高氏を頼ってこの地に逃れ船子城を築いたと云われているが、一次資料の裏付けはない。

 その後、下河辺義親は行方城(中城)へと移り、船子城は小高氏の持城となった。小高氏が天正19年の南方三十三館の仕置きで佐竹義宣に滅ぼされると船子城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR鹿島線潮来駅〜バス/市役所麻生庁舎〜バス/船子
 車 : 東関東道潮来IC〜国道51号線〜国道355号線
駐車場: 浅間神社の参拝者用無料駐車場を利用


ひとくち MEMO
下河辺氏によって築かれたと云われているお城。

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