常陸 戸崎城


お城のデータ
所在地 茨城県かすみがうら市戸崎字本丸
遺 構 曲輪、土塁、空堀
形 式 平城 築城者: 戸崎氏 築城年代: 応仁元年頃


見 ど こ ろ
( 主郭南下の切岸 )
 戸崎城、霞ヶ浦へと流れる川尻川右岸に南北に連なる台地の北端部を利用して築かれている。丁度、戸崎地区の大前集落センター東側の台地上全体が城跡だ。現在、戸崎城のある台地上は畑地と住宅地となっていて、本丸への登り口には城の説明板が設置されて、畑の脇には二の丸の標柱があった。

城の縄張りは、台地先端部から本丸・天神・二の丸・中城・外城と曲輪が連郭式に並んでいる。土塁などの城の遺構は後世の改変もあり明確ではないが、本丸南側には天神との間には空堀が良く残っていた。 


歴     史
( 二の丸の標柱 )
 戸崎城は、応仁元年頃に戸崎氏によって築かれた。戸崎氏は、戸崎大膳らの名が伝えられ小田城主小田氏の有力家臣であった。

 戦国時代に常陸南部への勢力を拡張する佐竹義重は勢力の衰えた小田城主小田氏治の領国へ侵攻する中、天正元年に小田氏に与した戸崎城・宍倉城が佐竹氏によって攻められ落城し、戸崎氏も佐竹氏に降った。

 佐竹氏の手に落ちた戸崎城へは佐竹氏の家臣飯塚兵部少輔が入った。慶長7年に佐竹義宣の出羽久保田への移封により廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR常磐線土浦駅〜バス/土浦協同病院〜徒歩約30分
 車 : 常磐道土浦北IC〜国道354号線〜県道118号線
駐車場: なし


ひとくち MEMO
台地の上に帯曲輪が囲繞する本丸が・・・。

茨城県のお城
一覧表へ
トップページへ かすみがうら市
のHPへ

関東のお城
茨城県栃木県群馬県千葉県埼玉県東京都神奈川県