下野 烏山城



お城のデータ
所在地 栃木県那須烏山市城山
遺 構 曲輪、土塁、石垣、空堀、堀切
形 式 山城 築城者: 那須資重 築城年代: 応永25年


見 ど こ ろ
 烏山城は、那須烏山市役所の北側にある八高山に築かれている。山麓の寿亀山神社境内となっている三の丸から七曲がりの登城道を登る。三の丸は、江戸時代の万治2年に堀親昌が築き、藩庁と御殿を置いた所で、烏山城でも近世城郭の顔を持った所だ。

 山頂部に築かれた城は、五城(本丸・二の丸・北城・平城・西城)三郭(若狭・常磐・大野)と呼ばれる曲輪群が複郭式に配置さて、堀切・土塁・空堀の遺構が残り、江戸時代の本丸(那須時代の二の丸)への正門吹貫門脇の石垣が見事。また、烏山市街地南側の国道脇の民家に移築され現存してる。


歴     史
( 移築現存門 )
 烏山城は、応永25年に稲積城主那須資重によって築かれ、下那須家の本城となった。永正13年に下那須4代資房の時に上下那須家統一され、那須宗家本城となった。天正18年、那須資晴が秀吉の小田原攻めに際して遅参したため、改易となった。

 那須氏改易後、 天正19年に成田氏長が2万石で入封する。成田氏は氏長−長忠−氏宗と続き、元和8年に氏宗没後の家督をめぐっての騒動が起こり改易となった。

 その後、松下・堀・板倉・那須・永井・稲垣氏と目まぐるしく城主が代わる。享保10年に稲垣昭賢が志摩鳥羽へ移り、代わって若年寄大久保常春が入封する。後に常春は老中に昇進して1万石を加増され、烏山大久保氏は3万石を領し、以後烏山を動くことなく8代忠順の時に明治を迎えた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR烏山線烏山駅〜バス/那須宿
 車 : 北関東道宇都宮上三川IC〜国道4号線〜県道10号線
駐車場: なし(寿亀山神社鳥居側に駐車スペースあり)


ひとくち MEMO
下野の名家那須惣領家の本城。
  • 烏山城城門の移築先
    S氏宅 栃木県那須烏山市野上

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