常陸 河和田城


お城のデータ
所在地 茨城県水戸市河和田町
遺 構 曲輪、土塁、堀
形 式 平城 築城者: 鍛冶貞国 築城年代: 建武4年


見 ど こ ろ
( 報仏寺山門と城石碑 )
 河和田城は、桜川右岸の微高地に築かれている。河和田小学校の東側辺りが主郭とされ、城域は広く河和田地区にある天徳寺境内辺りが城の北端部で、東端が報仏寺境内、南端部が八坂神社境内となっている辺りと水戸市内でも最大級の規模を誇る平城だとか。

 城の遺構は、小学校東側にかつて主郭を囲繞していた土塁の一部が残り、天徳寺・報仏寺境内周辺部にも濠と土塁の遺構が良く残っている。主郭南側にあるこんもりとした林の中にも遺構が残っているようだ。尚、報仏寺と小学校正門内に城石碑が建てられていて、小学校正門前に説明板が設置されていた。 


歴     史
( 報仏寺山門脇の横堀 )
 河和田城は、建武4年に大掾氏の家臣鍛冶貞国によって水戸城の支城として築かれたと云われている。

 元中4年、難台城の戦いで戦功によって足利氏満より河和田・赤尾関・鯉淵等の地を与えられた江戸通景が河和田城主となった。応永33年には通景の子通房は、大掾満幹より奪取して水戸城主となり、河和田城には江戸氏の重臣春秋幹治を入れた。

 天正18年、豊臣秀吉より常陸の支配を認められた佐竹義宣は、水戸城の江戸重通を攻め滅ぼすが、この時春秋氏が守る河和田城も攻められ落城した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR常磐線水戸駅〜バス/報仏寺
 車 : 常磐道水戸IC〜国道50号線
駐車場: 報仏寺の参拝者用無料駐車場を利用


ひとくち MEMO
水戸市内でも最大級の規模を誇る中世の平城だが・・・。

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