山城 静原城(城谷山)


お城のデータ
所在地 京都府京都市左京区静市静原町城山
遺 構 曲輪、土塁、石垣、堀切
形 式 山城 築城者: 三好長慶 築城年代: 弘治元年


見 ど こ ろ
 静原城は、城谷山山頂部に築かれた城と城谷山から南東に延びる尾根筋の先端部(地元ではシロヤマと呼ばれている)に築かれたシロヤマ城と二城がある。

 築城技術の相違が相当あり、同一の城と見なすよりは、三好・山本氏によって築かれた城と、この城を攻めた明智光秀がその後に築いた城と区別した方が良いと考える。

 静原城(城谷山)は、山頂部に主郭を置き三方の尾根筋に向かってそれぞれ曲輪を階段式に配置した縄張りとなっている。

 登城道も消えてしまった城、当然城内が整備されているはずもないが、城の遺構は良好な保存状態だ。主郭の虎口には石垣をもって固めており、一部その石垣の遺構を見ることができ、また北の尾根筋には堀切と土塁も確認することができた。


歴     史
 静原静(城谷山)は、弘治元年に三好長慶が山城54郷に夫役を課して築城した。その後、永禄11年に織田信長が入京して三好氏を京から駆逐する。

 信長と足利将軍義昭との間が決定的な状況になると洛北の諸豪族は信長から離反した。元亀4年、岩倉の小倉山城主山本対馬守も居城を離れてこの静原城へ立て籠もったが、明智光秀によって攻められ落城した。


お城へのアクセス
鉄 道: 京阪電車出町柳駅〜バス/静原
 車 : 名神高速京都南IC〜国道1号線〜府道32号線〜府道40号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
城谷山山頂に築かれた戦国時代の遺構をよく残すお城。
  • 静原城(城谷山)の登城口
    静原神社本殿裏から城谷山山頂に向けて登城道がある。登り初めて5分もすれば、道は谷筋のところで消滅。この谷筋を渡らず、左手の尾根筋をひたすら直登するしかない。(直登約45分〜60分)尾根筋を外さなければ山頂の城谷山へ。地形図と縄張図、コンパスは必需品。

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