駿河 尾崎城



お城のデータ
所在地 静岡県富士宮市内房字尾崎
遺 構 曲輪、土塁、堀切
形 式 丘城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ
( 主郭背後の堀切 )

 尾崎城は、甲駿国境に聳える白鳥山から南東に伸びる丘陵の先端部を利用して築かれている。 この地は、甲斐河内へと通じる甲州街道と瀬戸島・橋場の富士川の渡河点を押さえる要衝の地であった。

 城の縄張りは、半島状に伸びる丘陵の背後を三重の堀切で遮断して城域を確保し、現在浅間神社境内となっている一帯が主郭となっている。 社殿の背後には土塁が残り、背後の堀切への備えとなっている。

 また、主郭の南側には小規模な帯曲輪があり、ここにも僅かであるが堀切の一部が残っている。 この遺構は、資料に拠れば武田氏による築城と考えられる馬出遺構であるとか。


歴     史
( 主郭背後の堀切と土塁 )

 尾崎城は、築城年代や築城者については定かでない。 永禄11年に武田信玄が駿河へ侵攻し、翌年には今川氏真を支援した北条氏を排除して富士郡の要衝大宮城を落とし、富士郡を支配下に置いた。

 この時内房郷の望月八郎右衛門・与三兵衛に名田を与えていることから在郷土豪の望月氏が尾崎城の城番を務めたと考えられている。


お城へのアクセス
鉄 道: JR身延線芝川駅〜バス/尾崎
 車 : 新東名高速新清水IC〜県道75号線〜県道10号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
富士川の渡河点を抑えるために築かれたお城。

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