伊予 縦淵城


お城のデータ
所在地 愛媛県松山市東石井5丁目
遺 構 なし
形 式 丘城 築城者: 河野通久 築城年代: 承久年間


見 ど こ ろ
 縦淵城は、小野川の南にあった小高い丘の上に築かれていたが、明治21年に土佐街道(国道33号線)が作られたとき取り崩された。この時切り石垣が出てきたという。現在は、国道と市道に挟まれた処に城山神社境内に縦淵城の石碑と案内板が建てられている。


歴     史
 縦淵城は、承久年間に河野通久によって築かれた。伊予の豪族河野氏は、源氏と結んで勢力を伸ばしたが、承久の変により没落した。この時、鎌倉幕府の味方をした庶子通久は、功により久米郡石井郷をもらって家督を継ぎ縦淵城を築いた。その後、河野通有は弘安の役において「河野の後ろ築地」と呼ばれ、全国に名を轟かせて勢力を回復し、通盛の代になって湯築城を築き、伊予平野の中心部に勢力を伸ばした。


お城へのアクセス
鉄 道: JR予讃線松山駅〜バス/天山橋
 車 : 松山道松山IC〜国道33号線
駐車場: なし


ひとくち MEMO
伊予守護河野氏の勢力回復の礎となったお城。

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