越後 浦佐城


お城のデータ
所在地 新潟県南魚沼市浦佐字堂ノ入薬師山
遺 構 曲輪、土塁、堀切、竪堀
形 式 山城 築城者: 大関氏 築城年代: 応永28年


見 ど こ ろ
 浦佐城は、上越新幹線浦佐駅の真西に迫る丘陵先端部に築かれている。毘沙門堂裏手の登城口から遊歩道が設けられているが、直登に近く結構きつかった。

 浦佐城の縄張りは、丘陵の頂上部に三段に分かれた本丸を置き、東側の丘陵先端部に向けて堀切を挟んで三の丸・薬師丸がある。本丸西側には堀切を挟んで二の丸を置き、更に西側の丘陵との間には幅20m・深さ10mもの二重の堀切で背後を遮断している。この二重の堀切は新潟県内で最大の規模であるとか。


歴     史
 浦佐城は、応永28年に大関氏によって築かれた。戦国末期に坂戸城主上田長尾氏の家臣大関親範が、越後水原へと移って以後の天正6年に清水藤左衛門が在城した。

 天正6年の御館の乱では上杉景勝方に属した清水氏は、浦佐城に籠もり景虎方を支援する為に越後へ入った北条氏照・氏邦らの北条勢に対峙し浦佐城を守り切った。慶長3年に上杉景勝が会津若松へと移封になり、浦佐城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR上越新幹線・上越線浦佐駅〜徒歩約10分
 車 : 関越道小出IC〜国道17号線
駐車場: 毘沙門堂の参拝者用無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
新潟県内最大の二重の堀切があるお城。

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