播磨 法界寺山ノ上付城


お城のデータ
所在地 兵庫県三木市別所町高木
遺 構 曲輪、土塁、横堀
形 式 陣城 築城者: 宮部継潤 築城年代: 天正7年


見 ど こ ろ
( 複郭西側の土塁 )
( 主郭虎口の土橋と土塁 )
 法界寺山ノ上付城は、法界寺南側の裏山山頂部に築かれている。この付城は、宮部継潤が守備して姫路へ至る街道を押さえた三木城攻めの西側の拠点であった。

 付城の縄張りは、山頂部に方形の二つの曲輪を配し、主郭部は周囲を土塁と横堀を囲繞させた縄張りで、主郭東北部の斜面を幾段にも削平して軍勢の駐屯地としている。主郭南側には横堀と土塁によって馬出状に構築された虎口が設けられている。

 南側の虎口から三木城包囲網の南側付城を結んだ2~4重の多重土塁が始まる。虎口から遊歩道を南へと進むと朝日ヶ丘土塁の遺構を見ることができる。この多重土塁は、法界寺裏山付城から二位谷奥の付城までの各付城を結び、総延長は約4kmにおよぶとか。


歴     史
( 主郭西側馬出の横堀と土塁 )
 法界寺山ノ上付城は、天正7年に宮部継潤によって築かれたと伝えられている。天正6年、織田信長の命により羽柴秀吉は、毛利氏方へ寝返った別所長治の居城三木城を取り囲んだ。

 この三木城兵糧攻めに際して、天正7年に二次に渡って信長は嫡男信忠を総大将とする軍勢を援軍に差し向け、包囲網を築き秀吉軍に引き渡している。天正7年4月に6ヶ所の付城を築いているが、法界寺山ノ上付城はその一つと考えられている。


お城へのアクセス
鉄 道: 神戸電鉄三木駅~バス/高木西
 車 : 山陽道三木小野IC~国道175号線~県道20号線
駐車場: 法界寺の参拝者用無料駐車場を利用


ひとくち MEMO
三木城攻めの西側付城群の拠点。

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