山城 方広寺境内


お城のデータ
所在地 京都府京都市東山区茶屋町
遺 構 石垣
形 式 寺院 築城者: 豊臣秀吉 築城年代: 天正14年


見 ど こ ろ
( 豊国神社 伏見城移築門 )
 方広寺は、城郭とは云いがたいが、豊臣秀吉が建立した大仏殿の普請は城郭築城と相通じるものがある。現在の京都国立博物館・豊国神社・方広寺境内までが大仏殿敷地であった。大和大路に面して、方広寺大仏殿の巨石を積み上げた石垣が今も残っている。 

 豊臣秀吉を祀る豊国神社の唐門は伏見城からの移築門だ。資料に拠れば、この唐門正面の神社本殿辺りに大仏が鎮座していたところだとか。唐門の北側には、大坂の陣の口実になった「君臣豊楽」「国家安康」と刻まれた梵鐘がある。


歴     史
( 大仏殿の石垣 )
 方広寺は、天正14年に豊臣秀吉が大仏造立を発願し、天正16年に佛光寺を龍臥城の地に移転させ創建し、文禄4年に完成した。

 しかし、文禄5年の伏見地震により大仏は倒壊、大仏殿も慶長7年に焼失した。豊臣秀頼が慶長13年より再建が開始、慶長19年に梵鐘が完成した。豊臣氏滅亡後も方広寺大仏殿と大仏は江戸時代中期まで再建を繰り返しながらも存続しているが、寛政10年に落雷で焼失以後は再建されなかった。


お城へのアクセス
鉄 道: 京阪電鉄本線七条駅〜徒歩約10分
 車 : 名神高速京都南IC〜国道1号線〜大和大路通り
駐車場: 豊国神社の参拝者用無料駐車場を利用


ひとくち MEMO
豊臣氏滅亡の遠因ともなった秀吉の大仏殿があったお寺。

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