美作 小田草城


お城のデータ
所在地 岡山県苫田郡鏡野町馬場
遺 構 曲輪、土塁、堀切
形 式 山城 築城者: 斎藤氏 築城年代: 不明


見 ど こ ろ
 小田草神社の石段を登り、神社の境内へ。本殿右手に小田草城の説明板と鐘楼がある。鐘楼の吊された梵鐘は、町指定文化財に指定されていて、小田草城主の名が刻まれている。

 この鐘楼の先右手に登城口がある。山頂の城跡まで遊歩道が整備され、途中には山腹の曲輪であろう削平地がある。約20分程登れば小田草城だ。遊歩道を登り切ったところにある曲輪がこの城で一番見晴らしも良い。

 小田草城は、山頂部の主郭を中心に連郭式の縄張りで曲輪が配置された典型的な山城だ。一の曲輪の両側には空堀があり、南の曲輪との間の空堀は随分埋もれいた。


歴     史
 小田草城の築城年代は定かではないが、小田草神社の梵鐘に「貞治7年小田草城主斎藤二郎」と刻まれていることから、それ以前から斎藤氏が城主であったことが分かる。

 天文13年、月山富田城主尼子晴久が美作へ進攻した際、尼子氏に臣従、永禄8年に毛利氏が尼子氏を攻めた際には、城主斎藤近実は毛利氏に従った。

 永禄12年、尼子勝久が尼子再興の挙兵をした時、高田城の三浦氏・岩屋城の芦田氏と共に尼子氏に与したが毛利氏に敗れ、その後は毛利氏に対抗するため、宇喜多氏に従った。


お城へのアクセス
鉄 道: JR姫新線津山駅〜バス/馬場
 車 : 中国道院庄IC〜国道179号線
駐車場: なし。(小田草神社の鳥居脇に駐車スペース有り。)


ひとくち MEMO
麓の神社には城主寄進の梵鐘が残っているお城。

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