美作 鶴田陣屋


お城のデータ
所在地 岡山県津山市桑下
遺 構 曲輪、石垣、石段、土塁
形 式 陣屋 築城者: 松平武聡 築城年代: 明治4年


見 ど こ ろ
 鶴田陣屋は、居城浜田城が長州軍によって落城、藩主松平氏が飛び地に移って来て陣屋を構えた。幕藩体制最後の陣屋構築となった。

 畑の中に腰部に石垣、更にその上に土盛りされた『腰巻き土塁』が見事。その腰巻き土塁の左隅に石段があり、この石段を上った所に「西御殿」の石碑と案内板があった。石碑の裏側には、「作州鶴田藩六万一千石」と刻まれている。段上の陣屋跡は小公園となっていて、北側奥は民家となっていた。


歴     史
 慶応2年、第二次長州征伐の時、大村益次郎率いる長州軍は徳川家門松平氏(甲府徳川綱重の子松平清武が藩祖、代々右近将監を称した)の居城浜田城へ進攻した。

 時の浜田城主松平武聡(水戸徳川斉昭の十男、将軍慶喜の弟)は、益田・内村・大麻山・周布と藩領内で戦いが行われ、ついに城と城下を焼いて退き、飛地領に移って鶴田藩となり明治維新を迎えた。明治4年、鶴田陣屋西御殿が完成したが、藩庁舎となる東御殿は廃藩置県のため工事は中止された。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR姫新線津山駅〜バス/桑村下
 車 : 中国道津山IC〜国道53号線/高尾〜国道429号線
駐車場: なし。(陣屋内に駐車可)


ひとくち MEMO
幕末の長州征伐で落城した唯一の城浜田城主が飛び地に逃れて建てた陣屋。
  • 鶴田陣屋への道しるべ
    津山から国道429号線を旭町方面へと進むと桑下地区で県道159号線と交差する。(ちょうど交差点角にGSとバス停がある。)この交差点を右折(津山から来た場合)し、約200m程で更に一つ目の交差点を右折すると左前方に陣屋の石垣が見える。

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