但馬 豊岡陣屋


お城のデータ
所在地 兵庫県豊岡市京町
遺 構 曲輪、移築門
形 式 陣屋 築城者: 京極高盛 築城年代: 寛文8年


見 ど こ ろ
( 長松寺山門 )
 豊岡陣屋は、現在の豊岡市立図書館と周囲の住宅地一帯に築かれていた。杉原氏の築いた豊岡城の北麓にあった居館部を修築する形で陣屋が構えたため、陣屋の縄張りは杉原氏時代の居館部と大きな変動は無かったようだ。

 陣屋の遺構は現在地には何も残っていないが、廃藩置県後に建てられた豊岡県庁の正門が図書館東側に残っている。また、陣屋の正門が出石城西門脇にある福成寺の山門として移築現存している。他にも二基の門が長松寺と慈等寺に移築されている。


歴     史
( 慈等寺山門 )
( 旧藩主京極家屋敷 )
 豊岡陣屋は、寛文8年に京極高盛によって築かれた。高盛は、寛文3年に父京極高直が死去して丹後田辺藩3代藩主を継承したが、同8年に但馬豊岡35,000石へと移封となった。高盛が豊岡へ入った際、豊岡城の再築は許されず居館跡に陣屋を構えた。

 享保11年、4代京極高寛が早世したが継嗣無く、弟高永が名跡を継承して5代藩主となるが15,000石に減封となり、藩士の大幅除籍と家禄削減を行った。財政建て直しのため、5代高永・6代品の2代に渡って藩政改革を行った。

 しかし、藩主・改革派と旧守派との対立が続き、旧守派の筆頭家老石束毎雅(大石内蔵助の妻りくの実家)など重臣の退去を招いた。豊岡京極家は、品−高有−高行と続き9代高厚の時に明治を迎えた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR山陰本線豊岡駅〜徒歩約15分
 車 : 北近畿豊岡道但馬空港IC〜県道50号線〜国道312号線
駐車場: 豊岡市立図書館の無料駐車場を利用


ひとくち MEMO
大石内蔵助の妻りくの実家石束家が仕えた豊岡京極家の陣屋。
  • 豊岡陣屋の移築門
    福成寺 兵庫県豊岡市出石町内町
    長松寺 兵庫県豊岡市下鶴井
    慈等寺 兵庫県豊岡市三宅

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