下総 豊田城


お城のデータ
所在地 茨城県常総市本豊田字中城
遺 構 なし
形 式 平城 築城者: 豊田善幹 築城年代: 不明


見 ど こ ろ
( 集落東側にある城石碑 )
 豊田城は、小貝川右岸の自然堤防を利用して築かれていた。現在は、小貝川の河川改修により城の遺構などは何も残っていないので、豊田城がどのような縄張りの城であったか知ることも出来ない。

 本豊田地区の字中城・内宿の一帯が城跡であったと推定され、小貝川右岸の堤防上に城石碑と案内板が建てられて、更に中城の集落外れにも立派な石碑が建てられていた。


歴     史
 豊田城は、築城年代は定かでないが11代豊田善幹によって築かれた。豊田氏は、平重幹の二男政幹が豊田郡を分知され豊田氏を称した。豊田氏は、若宮戸・向石毛等に居館を構えていたが、11代善幹がこの地に築城した。

 戦国時代、21代豊田政親は下妻城主多賀谷重政・政経による勢力拡大に苦しめられ、小田城主小田氏治の妹婿となり同盟を結び、多賀谷氏に対抗していた。天正3年に22代治親は、弟石毛政重は病没した機に家多賀谷氏の家臣白井全洞の調略で重臣飯見大膳の謀反によって謀殺され豊田氏は滅亡した。


お城へのアクセス
鉄 道: 関東鉄道常総線石下駅〜バス/豊田西
 車 : 圏央道常総IC〜県道294号線〜県道24号線〜県道129号線
駐車場: なし


ひとくち MEMO
常総の名門豊田氏累代の居城となったお城。

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