日向 高 城


お城のデータ
所在地 宮崎県児湯郡木城町高城字城山
遺 構 曲輪、堀切、土塁、模擬櫓
形 式 山城 築城者: 新納時久 築城年代: 建武2年


見 ど こ ろ
 高城は、日向三高城(高城、高岡城月山日和城)の一つで、伊東氏48城でもあった。

 高城は、三方が急な崖となっている丘陵に築かれていて、唯一西方面が丘陵と地続きとなっているため、7条の空堀が掘られて防備されている。豊臣秀長や大友宗麟による大軍でも落とすことの出来なかった高城だが、現在は城山公園となっていて、本丸を中心に腰曲輪がよく整備されて残っている。 


歴     史
 高城は、建武2年に島津時久が足利尊氏から新納院を与えられこの地に城を築き、姓を新納と改めた。その後、高城は新納土持氏の持城となったが、長禄元年に土持景綱が都於郡城主伊藤祐堯に敗れ、高城は伊東氏の持城となった。

 天正5年、伊東義祐は島津氏に敗れ大友氏を頼って敗走し、山田有信が城主となった。天正6年には大友宗麟が攻め寄せ、天正15年には豊臣秀吉の九州征伐時にも落城させることは出来なかった。

 天正15年、秋月城主秋月種実が日向財部等3万石に移封になり、秋月氏の持城となった。しかし、元和元年の一国一城令により廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR日豊本線高鍋駅〜バス/木城
 車 : 東九州道西郡IC〜国道219号線〜県道312号線
駐車場: 城山公園の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
二度も大軍に攻められても落城しなかった要害のお城。

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