お城のデータ | |||||
所在地: | 香川県高松市玉藻町 | ||||
遺 構: | 天守台、櫓、曲輪、石垣、堀 | ||||
形 式: | 平城(海城) | 築城者: | 生駒親正 | 築城年代: | 天正15年 |
見 ど こ ろ | |||
堀が海とつながっているため、潮の干満による水位調整のための水門があるのも、海城ならではの遺構だ。(高松駅側から玉藻公園に入るとすぐに水門の遺構がある。) 高松城の天守台にかつて「南蛮造り」と呼ばれる三層四階の天守があった。高松市ではこの天守の復元を計画しているとか。 松平氏によって東の丸が増築された時に築かれた三層の月見櫓・続櫓・水手門・渡櫓が高松港のすぐ側に残っている。かつては石垣が海の波に洗われていた。 今は太鼓櫓の跡に均整のとれた三層三階の艮櫓が移築されている。東の丸の石垣が、県民ホールから歴史博物館にかけて残っていて、ここに艮櫓の櫓台も残っていた。 |
歴 史 | |||
寛永11年、水戸城主徳川光圀の兄松平頼重が常陸下館より東讃岐120,000万石で入封した。頼重は、生駒氏時代の高松城を更に拡張し、2代頼常(光圀の子、頼重養子)まで工事は続いた。高松松平氏による拡張は、北の丸・東の丸・新曲輪等が増築された。この時、『南蛮造り』の三層五階の天守が完成した。 高松松平氏(水戸支流)は、初代頼重から最後の城主11代頼聡まで、代々西国大名の監視と瀬戸内海の要としての役目を担っていた。 |
お城へのアクセス | |
鉄 道: | JR予讃本線高松駅〜徒歩300m |
車 : | 高松道高松西IC〜国道32号線〜国道11号線 |
駐車場: | 玉藻公園周辺の有料駐車場を利用。 |
ひとくち MEMO | ||||||
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