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( 本丸腰曲輪西南隅の高石垣 ) |
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( 主郭虎口付近の石垣 ) |
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( 天守台東南隅の石垣 ) |
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( 天守台内側の石塁 ) |
松倉城は、高山盆地の南西部に位置する松倉山の山頂部に築かれている。北の麓にある飛騨の里周辺が武家屋敷群あり、ここから山頂部へと七曲りの登城道が通じている。
また、松倉峠まで林道があり、ここから西尾根沿いに遊歩道が整備されている。駐車場から遊歩道を登ること約10分。息が切りかけた頃、行く手に高々と築かれた松倉城の三の丸西南隅櫓台の石垣が出迎えてくれる。
松倉山山頂に置かれた本丸は、二段に分かれていて下部に腰曲輪を伴う。上段は天守台とも考えられ、ここのあった天守は高山城と同様に、御殿の上に望楼が乗った二層程度のものではなかろうか。天守からの眺めは眼下に高山盆地・遠く北アルプスの山々まで見渡す絶景をであっただろう。
本丸東側に二の丸を置いて大手筋・水の手を押さえ、更に東の出丸が東の尾根の2条の堀切と共に東の遮断線を構成している。本丸から北へ伸びる尾根筋には段曲輪と堀切を設けて東の尾根筋と同様に防備を固めている。
一方、西側には三の丸を置き搦手筋を押さえ、更に一段低い南側に出丸がある縄張りだ。三の丸と南出丸と虎口は石垣で固められ、西の尾根筋に対する遮断線は1条の堀切しかなく、搦手を固めるための高石垣であり、随所に矢が掛かる縄張りとなったのだろう。
天正14年に金森長近が飛騨に入り高山城の完成するまでの間、この松倉城を改修したとも十分あり得ることであり、今に見る石垣づくりの近世城郭松倉城は、金森長近による改修時に築かれたと考えるのが素直かもしれない。 |